⑧すべらない話の装備の仕方-2

まだ、すべらない話の装備の仕方-1を見てない人は先に見てね。

以前、すべらない話の装備の3ステップの①まで解説をしたので

続きのステップ②から説明していこう。

①話の構成を作る

②並び替え、ワードの強弱を考える。

③披露する際の尺を考える。

話の構成、頭の中で状況を思い描けたら、次はそれを説明するための並び替えを行わなければならない。

すべらない話をする上で「分かりやすさ」はとても重要である。

前回の記事でも書いたが、みんな話を聞く上では、話半分で聞いているのだ。

そんな時に一言一句を聞き逃してはならない話をしてはいけないのだ。

話を分かりやすく構成していかなければならない。

よく笑いを考える上で基本といわれているのが、

「起承転結」

「緊張と緩和」

である。

これは「すべらない話」でも必須である。

こう聞くと難しいように感じてしまうが実は簡単なのである。

「起承転結」も「緊張と緩和」もさほど考える必要はない。

一生懸命「悲しんだ話」

一生懸命「腹立った話」

一生懸命「困った話」

などをすれば、おのずと「緊張と緩和」は付いてくるのである。

本人は超腹立ってようが、本人が超悲しんでようが、

他人の私たちは関係ないのである。

本人が緊張の役割を作り、他人が緩和の役割を作ることになる。

ただ、すべらない話にはポイントがある。

悲しんだ話や腹立った話をしても、普通はすべらない話にはならないのである。

単純に「悲しい話」「腹立つ話」にしかならないのである。

「悲しい話」や「腹立つ話」などは、「すべらない話」と紙一重だと私は思う。

では、すべらない話と決定的に違うものはなんなのか?

それは、「起承転結」である。

起承転結を上手く取り入れることで、色々な話がすべらない話に変わっていくのである。

しかし、起承転結といっても一般の人にはピンとこないと思う。

起承転結を複雑に考えなくても良い。

「起」の部分はこれで・・・

「承」の部分は・・・

などは考える必要はない。

よくすべらない話はオチがしっかりしていて、

華麗にオチているというイメージがあるが、それはテレビの中だけの話である。

日常のコミュニケーションには華麗なオチなど必要ないのである。

「華麗じゃなくてもオチは必要だ。」

と、思う人がいるかもしれないが、

はっきり言って日常のコミュニケーションのすべらない話ではオチは必要ない。

よく、

関西人の話はオチがある。など言われる。

では関西人の話はみんな面白いのか?

そんなことは断じてない。

品がないのを愉快と勘違いしている人は面白くもなんともない。

「で、オチは?」など言ってくる奴は、一人残らずまともな人はいない。

すべらない話はオチが無くても十二分に成立するのだ。

少々関西人を偏見で批判してしまったが、申し訳ない。

ただ、私はそんじょそこらの関西人以上に人を笑わせてきた自信がある。

人の話にダメ出しをするような「お笑い偏差値の低い一般人」とは格が違う。

面白くないくせに、自分が面白いと思っている愉快な関西人は今すぐページを閉じたくなるかもしれないが、そういう人に是非これから下のページを読んでほしい。

先ほども言ったがオチなどは必要ない。

「起承転結」はあまり考えなくて良いのだ。

ただ、話の盛り上げるポイントは必ず必要である。

これは、話を徐々に盛り上げていくということではない。

絶対にウケを狙えるワードを放り込まなければならないのである。

「絶対にウケるであろうワード」

「この状況に適した例えフレーズ」などを確実に狙ったところに放り込んでいかなければならない。

そしてそのワード・フレーズで確実に笑いを取らなければならないのだ。

そのワード・フレーズが最後に来ればそれはオチにもなるし、

途中に入れる場合は、適当に話を終わらせればよいのだ。

ある有名なお笑い芸人が「すべらない話」は五目並べと例えたがその通りである。

話の構成や並び替えは五目並べに似ている。

ここでこのワードを入れる。や、ここで例えを入れる。

それは「すべらない話」でとても重要である。

絶対的なワードは、確実に狙ったところに入れていくのである。

もし、自分の不本意なタイミングでウケてしまったら、

どうしてそうなったのかを、考えなければならない。

「なんでそこで笑いが起きたのか?」

「こっちのワードを後にした方が良いのか?」

そうやって試行錯誤をしていかなければならない。

センスのある人は自分の思うままに、笑いの大きさを調整できると思うが、

それが分からない人は、周りの反応を見て同じ話でも構成を変えていかなければならないのだ。

あと、話をした際に質問される場合がある。

こういった質問は良く聞いておいた方が良い。

なぜなら、何が上手く伝わっていないのか?ここはもっと分かりやすく話した方が良いのか?など改善点が見えてくるからである。

全ての質問を気にする必要はない。

ただ、何度も同じ質問をされたり、2人以上が理解できていない場合は話の構成を考えた方が良い。

狙ったところでウケを狙い、確実に笑いをとる力が必要である。

自分の話の中のポイントのワードがどれぐらいウケるのか?

それを見極めていかなければならない。

また、話には落差が必要である。

この落差というのは話の構成にも似ているが、ワードを強くするためには落差は重要である。

前から言っているが最初に話のハードルは上げてはいけない。

これは落差が弱くなるためハードルを上げてはいけないのだ。

例えを挙げるとするなら、桃太郎の話を想像してほしい。

「桃太郎は鬼退治に行くときに、おばあさんからきびだんごをもらった」

これが普通の表現である。

しかし、もしもこの表現を

「桃太郎は鬼退治に行くときに、仲間を集めるためおばあさんからきびだんごをもらった」

になると、どうなのか?

これは落差が弱くなるのだ。

容易にきびだんごを仲間を集める際に使うというのが分かってしまう。

こういう話し方をしてはいけない。

オチが分かるようなワードは極力控えた方が落差がつきやすいのである。

逆に「桃太郎は仲間を集めるためにおばあさんからきびだんごをもらった」

という表現をしてから、

「イヌ・サル・キジにお金を払って鬼退治を手伝ってもらった。」

だと、良い落差になる。

すべらない話には良い意味で期待を裏切らせることが大事である。

③の「話の尺を考える」は②の応用編に近い。

前回の記事でも書いたが、日常の会話の中の話ではそんなに長尺の話は出来ない。

話している最中に話を遮られるものがあると、せっかくの話ももったいないのである。

そのため話の尺は常に考えておかなければならない。

これは応用編でちょっと難しいが、その状況に応じた時間に話をまとめるのである。

例えば、学校で休み時間残り30秒で話す場合と、昼休みなど時間がある場合に話すのでは違うということである。

また、話を遮りがちな人がいる場合と、じっくり聞いてくれる人がいる場合とでも違う。

その状況や時間を的確に考えて話をしなければならないのだ。

ここの描写を長くした方が落差が大きくなるのだが、時間がないから省く。

そういった工夫を、話をしながら考えなければならない。

しかし、絶対的なワード・フレーズはそこには必要である。

このワード・フレーズをいうために話をするわけなのだから、そこは省いてはいけない。

また話の出来具合にもよるが、一度聞いた人が多くいる場合などは、短く話した方が良い。

時間が余る分には良いが、時間が足りなくなったり、間に話を遮られる場合は話がもったいないし、気分的にもしんどいのだ。

以上3点がすべらない話に必要な条件である。

明日から誰かの前で話をする際、この3点を少しだけ意識してもらうと、少々のウケを取れるかもしれません。

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