今回は毒舌について語っていきたい。
ここで大前提として言っておこう。
「毒舌」というのはとても難しい。
そして、日常のコミュニケーションでは正直言って使いづらい。
このことは理解してほしい。
一般的に「毒舌キャラ」などは敬遠されがちなのだ。
数年前に毒舌というものが世間で改めて浸透し、
「毒舌キャラ」に憧れた人も多くいると思う。
確かに毒舌は超格好良い。
自分の思ったことを率直に表現しウケを取れる。
こんなに素晴らしいことはない。
と思っている人がいるだろう。
しかし、毒舌というのはそんなに甘いものではないのだ。
毒舌が確かに格好良いのは認めるし、
私も毒舌キャラになりたいと思ったことは多々ある。
でもなぜ毒舌キャラになれなかったかというと、
日常のコミュニケーションではとても扱いづらいのだ。
そしてとても難しいのだ。
ここで1つ注意点を言っておきたい。
毒舌とツッコミは全然違う。
よく混同してしまう人がいるから、最初に覚えておいてほしい。
きつめのツッコミや激しめのツッコミだからと言って、
決して毒舌にカテゴリーされないのだ。
あと毒舌と悪口は違うというのも念頭に置いておきたい。
その人を悪く言い、激しい言葉で罵倒することは毒舌とは言わない。
ただの悪口であり、これはあまり良いものとは言えない。
よくありがちなのが、口が達者な人が
聞け、この俺の切れ味抜群の毒舌っぷりを。と言わんばかりに
披露する人がいるが、こういった人は大概悪口を言っているだけなのだ。
きつめの表現や汚い言葉などを多用することは切れ味があるとは言えない。
ただの汚い悪口にしかなっていないのだ。
では、悪口と毒舌の違いとは一体何なのだろうか。
説明していこう。
まず、悪口というのは
「その人を悪く表現する」ことである。
これは誰もが日常で行っていることだろう。
自分がいけ好かないと感じる人間を蔑むこと、日常茶飯事で良くあることだ。
中学生でもやっている。
あと気の合う仲間であれば悪口でも十分に盛り上がれる。
では次に毒舌とはどういったものなのかを説明しよう。
毒舌というのは、
「その人の悪い部分を的確に指摘する」ということである。
これは簡単そうに見えてとても難しい。
なぜなら的確にその人の悪い部分を指摘しなければいけないからだ。
さらにいうなら、その人の周りが共感する悪い部分を指摘しなければならない。
ここで難しいポイントなのだが、分かりやすい悪い部分は指摘してはならない。
誰もが「うるさい人」や「天然な人」などと感じる人に、
「うるさい!」や、「天然!」などというのは毒舌でも何でもないのだ。
このような誰でも感じる部分に一切の毒はないのだ。
誰もが知らず知らずのうちに感じている嫌な部分。
なかなか表現できない悪い部分を指摘しなければいけないのだ。
その指摘を聞いて思わず、「確かに」と思えることを指摘しなければならない。
この共感というのはとても毒舌にとって大切なものである。
当たり前だが、無理やり共感をさせてはいけない。
自分の周りで自分に意見する人がいない場合に、無理やり共感させたりするのは何の意味もない自己満足の発言である。
目上の人でも納得するような指摘をしなければならないのだ。
そうなってくると次は毒を浴びる人のことも考えなければならない。
その人が耐えられる毒を吐かなければならないのだ。
あまりに強すぎる毒は、仮に周りが共感していたとしても、
「それを言ったらやばくない?」や「怒られるんじゃない?」
のようなウケよりも心配が勝ってしまう場合があるのだ。
そのために毒舌キャラを目指している人は、人を見極める力が必ず必要になる。
そして自分が毒舌キャラとしての認識を示さなければならない。
自分が毒舌キャラとして認識させるのは容易ではない。
すぐすぐ認識などされないのだ。
長い時間の信頼関係や良い人間関係を作らなければならない。
明日から毒舌キャラになろうといってなれるものではないのだ。
まずは少量の毒から、周りに慣れてもらわなければならない。
少しずつ少しずつ毒の量を増やしていき、
そして、人によって、毒の使い分けを行わなければならない。
そうしていくと気づくと思うが、この人にこの毒は吐いてはいけないと気づくだろう。
毒舌キャラを目指している方、
毒舌というのは傍若無人で格好良く見えるかもしれない。
しかし、人に毒を吐くということは、とてもリスクがあることなのである。
その人の度量と信頼関係、自分のキャラの格率など多くの要素がある。
その要素をないがしろにすると必ず痛い目見ることになる。
毒舌キャラを目指すなとは言わないが、毒舌キャラを目指しているのなら、
人を見る目をつけ、
キャラを確立する努力をし、
信頼関係を築き上げなければならない。
これから毒舌でウケを狙いたい人がいるのなら、それなりの覚悟を持って頑張ってください。